助っ人名選手【ボブ・ホーナー】

たった1シーズンのみ在籍。

いや、
正確には30試合近く消化した5月に初出場し、
シーズン末までの期間だったにもかかわらず。

どう表現してよいものだろうかって選手。
記憶に残るって意味ではファン歴3本指に入る。
衝撃的って意味ではNO.1だった。

ボブ・ホーナー。

とにかく当時のスワローズってのは、
直前5年間のうち最下位が4度って奈落の底状態。

だから彼の入団。
これは”救いの神”ってな出来事だった。
事実、チームは4位に上向いた。

ホーナーは、MLBで1977年ドラフト1位。
翌年、新人王を獲得、MLB9年間で215本塁打。
20本以上が7回、うち30本以上が3回とかって..。

スワローズに来る前年も27本塁打っていう。
もうバリバリの大リーガー。

関根監督時代(1年目)の当時。
こんな選手が来てくれるなんて、
信じがたいなんてもんじゃなかったわ。

ホーナーは当時、
NPB史上最強助っ人と騒がれた。
そして何故か不思議に、私は全く疑わず、
必ず活躍するって思ってたっけ。

シーズン開幕直後の入団発表。
4月中旬くらいだったのかな。
でもって4月下旬に来日。
ものすごい選手が、物凄い慌ただしさで来た。

初出場はGW中のこどもの日、5月5日。
現地だったし、はっきり覚えてますねえ。


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在籍は1987年、1シーズンのみ。
93試合 355打席 303打数 99安打 打率.327
31本塁打 73打点 出塁率.423 長打率.683
OPS1.106。

この結果をご覧いただいても分かると思う。
まあ、凄まじい活躍だった。
”いったい何本打つんだ”って話題になってたし、
私も当時、ワクワク感が半端なかった記憶。

なんせ、
久々のポジティブな雰囲気になったから。

もう、完全なる”ホーナー旋風”だった。


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思い出は強烈なのが2つですかね。

1点目は、やはりデビュー時の”衝撃”。
いきなり2試合で4発かましちゃったから。
5月5日、第三打席に来日1号を放ち、
翌6日に何と3本、ホームラン打っちゃう。

また、この3本の内容が更に凄かった。

内角は引っ張ってレフト席へ。
外角はおっつけてライト席へ。
むちゃ基本忠実なバッティングに感嘆。
パワーONLYの助っ人が多いNPB歴史の中、
確かに”モノが違う”って感じの選手でしたなあ。

そんな中、配球研究に余念がなかったらしく。
捕手ふくめたバッテリーのクセ、
これ、とても熱心に勉強してたって。
確か、何年か後に若松サンが言ってた。
野球人としての総合的な素晴らしさ。
こいつをチームに持ち込んでくれた。

2点目は、スター性っていうか..。

あまりの活躍、旋風がゆえに、です。
ヤクルト社のCMとかに急遽出てたりさ。
「オナカニ キンリョク!」とかって笑。

まあ、ほんと、スター選手でしたね。
来日して、直ぐ打って、ずっと打って、
人気が凄くて、CM出て、ホーナースマイル!

でもって、2年目も?って期待してたら、
シーズン終わってサッサと帰国し、
翌年はMLB復帰。
まあ浪人回避の来日でしたからね。
残念だったけど仕方なかったっすわ。

う~ん、ホーナーは果報者でしたねえ笑。


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選手としての印象もさることながら、
チーム救世主となってくれたホーナー。
在籍当時は30歳そこそこの大リーガー。
なので未だ若い(61歳)んだわね。

引退後、
スワローズの臨時コーチに就任したり。
なんせ、頭脳プレイヤーだったから...。
いつか機会が来たらさ。
コーチング、頼むよホーナー。

いやあ、名選手でした。


神宮の杜





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by jingu17 | 2019-01-04 00:28 | SWALLOWS回想 | Comments(0)

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