名選手FILE 17【吉井理人】
2018年 11月 20日
吉井理人(よしい まさと)。
箕島高校のエースとして甲子園を湧かせ、
ドラフト2位で近鉄入団(1983年)。
その後、11年間、主に抑えエースとして活躍。
吉井クンの背番号は”21”。
スワローズでは3年間プレイ(1995~1997年)。
97年オフにFA行使。
国内球団のオファーを断り、MLBへ旅立つ。
行先はニューヨーク。
メッツだった。
振り返れば、
これがNPB史上初のFA行使からのメジャー入り。
その後、スワローズでは、
石井一、高津、岩村、青木、が行使。
先駆けは吉井だったんです。
当時は結構、マスコミが騒いでましたね。
もち、私の心も騒がしかった。
超主力投手の離脱だもの...。
在籍期間の実績は以下。
78試合 72先発 22完投 5完封 6無四球。
502回 453被安打 340奪三振。
33勝20敗0S、防御率3.12、WHIP 1.17。
一言で申せば、素晴らしすぎの活躍だった。
在籍3年間、うち2度の優勝&日本一に貢献。
規定投球回数は3年連続全て到達。
先発ローテーションも全て守り切った。
当時、ブロス、グライシンガーとか、
助っ人投手も活躍してくれたんだけど、
3年間継続は吉井クンがダントツ。
そんな簡単な言葉では形容できない安定感。
...でしたなあ。
確か西村クンとのトレードで入団したんだけど、
これは、当時、
トレード下手くそで有名なスワローズの割には、
大ヒットの成功事例だったって思う。
とにもかくにも。
ストレート、変化球のキレ味はもとより、
制球力が抜群だったな。
コントロールの良さはピカ一だった。
上述数値通り、三振ドカドカ獲るんでなく、
打たせてアウト稼ぐイメージの投手。
というスキルがありながら...
闘志あふれる投球ってのかね。
右打者にはシュート、
左打者には胸元ストレート。
思いっきり攻めの投球スタイルだった。
彼なくして、
期間2度の日本一は有り得なかったなあ。
想い出は沢山あるんだけど、
強烈な印象として残っているのが、
吉井ラストイヤーの1997年。
場所は東京ドーム、ジャイアンツ戦。
なんか、
マウンド上で怒ってるというか、そんな感じで。
何が起こったんだろうって、割と騒然としてて。
どうやら、バックネット裏の観客が、
”レーザーポインター”のような光線を発射。
吉井の目ん玉を狙って、
攻撃したことに対する抗議。
...だったんだけどね。
この試合も現地にいたんだけど、
当時は今以上にアンチジャイアンツの私。
カッカしてバックネット裏へ...。
刑事の如く探索しに行ったりして。
これ、夏休み終盤くらいの出来事だったのかな。
吉井は防御率タイトル1位維持の好調状態。
..だったのに、これが起因してか否か、
その後、奇しくも調子落としてタイトル逃した。
ジャイアンツも汚い手を使うなあって、
その後2~3年、真剣に怒ってたっけ笑。
MLBでも活躍したって思う。
メッツ2年目には2ケタ勝利(12勝)。
立派でしたよ。
その後、オリックスに戻り、
現役最終年はトレードでロッテへ。
ロッテで現役を引退した吉井理人。
日ハム・ソフトバンクと、
投手コーチとしての実績はご承知通り。
来季からはロッテで指導にあたるとの事。
日米通算121勝のキャリアだけでなく、
指導者としての資質スキルも凄いらしい。
どうしてスワローズに来てくれないんだろか。
吉井よ、考えておいてよ。
ともあれ。
スワローズ90年代黄金期後半の立役者、吉井。
日米で通算23年、引退後、指導者でも活躍。
いやあ、素敵な野球人です。
神宮の杜
by jingu17
| 2018-11-20 00:08
| SWALLOWS回想
|
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